スーパースターへの道 in カンボジア

『星』に手を伸ばせ!!たとえ届かなくても in カンボジア

オカマ犬“さそり”が見つめる、スーパースターを目指すカンボジアの若者たちの青春

スーパースター

2019622

 

サソリが亡くなった。

間もなく7歳になるところだった。

 

サソリがやって来たのは、私と夫がカンボジアに移住した年の11月。

私たちはCSACambodia Stars Academy」をスタートさせるために、アンコールワットの近くに3階建ての家を借りた。

 

私は、子供の頃から犬を飼うのが夢だった。

私は根暗な子供だったため友達があまりできず、いじめられっ子だった。話し相手は、小学校に登校する道の途中にいる犬だけで、犬は学校でいじめられる私の事でさえシッポを振って会うことを喜んでくれるのだなーと思っていた。

(ちなみに、私のいじめられっ子人生は小学校5年生で終わった。小学校5年生の時に引っ越して来た転校生と仲良くなり、突然に根暗少女から脱したのであった)

 

私は団地っ子っだったので、犬が飼えなかった。その分、犬に関する本を読みまくった。

憧れの犬は、ジャーマン・シェパード。

あんな凛々しい犬が友達だったら、何も怖くないのになぁと思っていたものである。

 

3階建ての家に引っ越した私と夫は、悩みに悩んだ結果、「番犬」として犬を飼うことに決めた。

当時住んでいたシェムリアップは、観光地のため治安は比較的よかったものの、空き巣の被害は街中では日常茶飯事だった。

 

そしてタイミングよく、日本人の権威ある先生が働かれているアンコールワット遺跡研究所で子犬が生まれたという情報を入手した。

私たちは、まだ雨季が渋る11月半ば、アンコールワット研究所に子犬をもらいに行ったのである。

(ちなみに、夫はペットショップが大嫌いである。ゲージに動物を入れて売っている光景はあまりに酷い、と。だから、自然に生まれた子犬をもらった)

 

アンコールワット遺跡研究所には、数匹の子犬が戯れていた。全員、オスだった。

私たちはどの子にしようか迷ったのだが、その子犬たちが全体的に眉毛がハゲていた。一匹だけ眉毛がハゲていない子犬がいて、それを貰うことにした。

 

「サソリ」という名前は、夫がなぜだか子犬をもらう前から考えていた名前だった。もらった子犬は偶然にもシッポが蠍のようにポキっと折れていた。

 

小さなサソリを、バイクに乗せて家まで連れて帰った。サソリはノミだらけであった。

雨が降るなか、夫は急いでシャンプーを買いに行き、サソリをゴシゴシと洗った。

サソリは寄生虫にも侵されていた(笑)当時はサソリのお腹にいた寄生虫に効く虫下しが売っていなくて、日本から取り寄せた。

ちなみに、徐々にサソリの眉毛もハゲた。サソリは、兄弟犬の中でも成長が遅いミソッカスだったのだ。

サソリのお母さんは雑種で、お父さんはおそらくその辺をうろついていたジャーマン・シェパードだろうとのことで、もしかしたら大型になるかも?と心配していたが、サソリの仕上がりは、小さいジャーマン・シェパードといったところだった。

サソリは、私の憧れの犬種をちょうど良い感じで体現してくれた。

 

小さなサソリは、とっても可愛かった!

当時、街から外れた小学校に授業をしに行っていた私たちは、サソリも連れて行った。

小さなサソリは、カンボジア人小学生たちの格好の餌食となり、毎日いじめられた。

私たちが目を離すと、小学生たちはサソリをさらい、投げたり、ゴミ箱に捨てたり、たらい回しにしていた。

小さなサソリは無抵抗であったが、徐々に自我が目覚め、小学生に反撃するようになっていった。

 

サソリはすくすくと成長し、サソリをいじめていた小学生たちは逆にサソリを恐れるようになった。

さらには、小学校の売店に置いてあるパンなどを強奪するようになり、私と夫は何度も

「ごめんなさい」

とお金を支払いに行った。

 

やがて、私たちはサソリの異変に気付く。

サソリは男の子なのに、おちんちんがいつまでたっても小さいままだった。

睾丸も無い。

しかもある時、やたらと近所のオス犬が寄ってくるようになり、生理のような症状にもなった。

日本にいる獣医の友人にその症状を相談すると、もしかすると「男女両方の生殖器があるかもしれない」と言われた。ネットで検索すると、「両性具有」といって、動物界にはごく稀に男女両方の生殖器を持つ個体がいるのだそうだ。

(昨年、サソリは手術をして、両方の生殖器が体内から発見された。)

 

サソリは、男でも女でもない。アンコールワットからやって来た天使だった。

 

奇跡の生き物に出会えた幸運にときめくと共に、残念な情報も手に入れた。

「両性具有」である個体は、短命であるということだ。

その情報通り、サソリはとても病弱で、様々な病気や怪我に苦しんだ。ホルモンバランスが悪いせいでカルシウム不足であり、歯も全部が生えてこず、関節もグニャグニャだった。(そのせいでサソリは欽ちゃんばりの横走りになるので、一緒に暮らしていた間ンボジア人の若者たちは、サソリが遠くから走って来ると、その可笑しな姿に思わず笑っていたものだ。)

 

サソリは、フレディ・マーキュリーばりに生命を燃やして生きた。

 

「家の警備」という仕事に使命を感じ、番犬としてよく頑張っていた。あまりに頑張るので、私と夫は「そんなに頑張り過ぎるな、生き急ぐな」と言って聞かせたものである。

シェムリアップにいた頃のサソリは放し飼いだったため、サソリはナワバリ争いに日々、精を出した。大きな犬でも平気で戦いを挑むのでハラハラしたものだ。アンコールワットからお勤め帰りのゾウにまで戦いを挑むほどだった。

 

さらに、サソリの趣味はゴミあさりだった。

「高松さんちの犬、ゴミ袋をくわえて歩いてましたよ」

と報告を受けることもよくあった。

家の裏の市場にゴハンを食べに行くと、人間の残飯をあさっている犬がいて、

なんか見覚えあるなと思うとサソリだった、という事もよくあった。

 

それから、サソリは夜遊びも大好きだった。夜に外に出るとなかなか帰って来なくて、私と夫は暗闇に向かって何度も怒鳴り散らしたものである。

 

「もういい!帰って来なくていい!鍵を閉めるからね!!」

 

サソリのバカ!と鍵を閉めてしばらくすると、コンコンと家をノックする音が。

お隣に住んでいたフランス人のパパが、サソリを連れて来てくれるのである。

サソリは、お隣のフランス人の初老のご夫婦を、とても愛していた。

家には帰って来ないのに、お隣の家には帰っていたサソリ。日中も、サソリの姿が見えないなーと思うと、ご夫婦の家でくつろいでいたものである。

朝は、朝日の中でパパからフランスパンを分けてもらい、一緒に朝食をとっていた。そのせいか、サソリの大好物はフランスパンだった。

フランス人のご夫婦は殆ど英語が話せなかったけれど、サソリのおかげで私たちはお二人ととても良い関係になった。

 

このように、サソリは特定の人をこよなく愛する傾向にあった。会うと嬉しくてオシッコをもらしてしまう相手が、フランス人のご夫婦、CSAを初めからずっと応援してくれたぢゃがいも、カンボジアの遺跡を愛する吉川舞ちゃん、そしてタタだった。

 

そしてサソリは、小さい頃にいじめられたせいもあり、カンボジア人が大嫌いだった。(ちなみに、カンボジアで日本人に飼われている犬は、大抵カンボジア人が嫌いだ。カンボジアの多くの人は、犬を「友達」とは思っていない。多くのカンボジア人にとっては、犬というのはその辺のネコやネズミと同じポジションにいるのだろう。犬を怖い、と思っている人も多いため、犬も不思議とそれを感じ取れるのだと思われる。また、話している言葉で「好きな日本人」「嫌いなカンボジア人」を判別できるのだろうと思う)

 

カンボジア人が大嫌いなサソリだったけど、さすがに日々を一緒に過ごすようになったCSA所属のダンス&ボーカルグループ「ポラリックス」のメンバーたち、そのマネージャーたちとは、徐々に距離を縮めていった。

 

カンボジア人の若者たちとは、距離を縮めるに比例して、よくケンカもした。

ケンカの原因は、主に食べ物の取り合いである。

みんなの誕生日ケーキなども気をぬくとサソリに奪われるため、毎回、大騒ぎだった。

プノンペンに引っ越し、いよいよカンボジア人の若者たちと同居を始めてからは、サソリに食料を奪われないように天井からお菓子を吊るして保管したりしていた。

(そのお菓子の下で、サソリがガウガウと悔しそうに唸っていたものである)

 

 

サソリは、ポラリックスのメンバーが何かしらのトラブルで辞める度に、大きく体調を崩した。呼吸ができなくなってバタリと気絶したりして、もうダメなんじゃないかと泣いたこともある。

でもその度に、サソリは生き耐えてくれた。

 

プノンペンに来て、私がポラリックスのことで泣く日々が始まってからは、サソリはポラリックスから私を守ってくれた。みんなが私に近づくと、ガウガウと怒って、私を守ってくれたよね。

 

私と夫がケンカをすると、悲しそうに私と夫の間に座っていたよね。

 

みんなのベッドに、仕返しにいっぱいウンコしてくれた。

みんなは、サソリ対策の仕切りを作ったりして、ポラリックスとサソリの攻防戦は続いた。サソリは力ずくでその仕切りをブチ壊して、ウンコしてくれた(笑)

 

 

CSAのプロジェクトが今年3月に終了し、私と夫、サソリとクジラで、穏やかな日々を過ごしていたこの数ヶ月間。

 

私と夫は、間もなくタイへ移住予定だ。

 

タイへの移住を決めたのは、いくつか理由がある。

 

まずは、およそ7年間このカンボジアで過ごして、カンボジアがすっかり嫌いになってしまった。

ノリ、タタ、カンニャ以外のカンボジアを、100%で愛することが出来なくなった。たまに「良いとこあるな」と思うことは出来るけど、悪い部分をひっくるめて愛することがもう出来ない。

政権、警察、庶民、国民性、何もかもが嫌いになってしまった。

 

 

それから、単純にカンボジアに飽きてしまった。

ポラリックスとプノンペンに引っ越して、次々にみんなが都会の誘惑に飲まれてしまったと思ったけれど、プノンペンは街の端から端までトゥクトゥクで30分もあれば行けてしまう、大したことのない小さい街だ。休日に行きたい場所もない、欲しいものもない、観光名所も無い、ゴミだらけの小さな田舎町だ。

私も夫も都会っ子。心底、この田舎に飽きてしまった。

 

 

さらに、カンボジアに住んでいると、この環境に甘んじてしまう。アートでも、運動でも、音楽でも、どんな技術でも、日本人ならこの国で簡単にNo.1になれてしまう。

何しろ、ポラリックスのように本気でダンスの練習を始めて23年そこらでプロになれてしまう国だ。ちょっとYouTubeでヨガをやれば、ヨガの先生を名乗れる国だ。いつまでもこの国にいては、自分自身が成長できない。

 

 

そして、最後に

このカンボジアという国において、私と夫は、外国人の存在意義について分からなくなってしまった。カンボジアという国は、米も野菜も果物も豊かな食べ物に困らない国だ。ただ、教育が遅れている。格差がある。

もし、この国から外国人がいなくなったら・・・その時、この国の人は自分で立ち上がれるんじゃないだろうか。

もし、いわゆる先進国のような生活を望まず、先進国のような生活を幸せとしないなら、食べ物に困らないこの国は、幸せになるんじゃなかろうか。ミクロネシア連邦みたいに・・・

もしかしたら、私たちみたいな「カンボジアを救いたい」と思う気持ちが、実は「貧しい国を救って良い気持ちになりたい」とう気持ちにすり替わって、気づけば、カンボジア人をSNS映えに利用してる感じになっちゃって、もしかしたら「頑張らない」ことがこの国の幸せかもしれないのに、自分たちの価値観を押し付けてしまって、この国の自立するチャンスを奪っているんじゃなかろうか。

本来なら、カンボジア人の金持ちの人・権力ある人たちが、進んで貧しい人々に目を向けるべきなのはないだろうか。

 

カンボジアに私たちよりずっと長く住んでいる人が、こう言っていた。

「もしかしたら、僕たちがこの国の癌なのかもしれない」

その言葉が、今の私たちのカンボジアの対する気持ちにピッタリとハマってしまった。

 

(決して、この国で一生懸命に活動されている人々の批判をしているわけではない。

ただ、私たちもそういう志でカンボジアに来たけれど、うっかり迷路に入り込んでしまっただけ。

思うように行かなかったことを、無理やり迷路に押し込めているだけかもしれない)

 

 

 

日本の素晴しさを、カンボジアに来てからたくさん知ったように

もしかしたらカンボジアの長所も、離れたら分かるかもしれない。

 

私たちは、タイの首都バンコクに出向き、犬2匹と住める家探しを始めたところだった。

 

 

 

タイへの引っ越しを目前に、サソリは病気で逝ってしまった。

私も夫も、死ぬほど泣いた。今も時おり突然に涙が止まらなくなることがある。

 

 

サソリ

あなたは、私たちのカンボジアでの生活を見守るために

アンコールワットから来てくれたんだね

 

私たちのカンボジア生活の最初と最後

それに合わせてやって来て、それに合わせて帰ってしまった

 

私はあなたにたくさん怒って、あなたにたくさん甘えた

 

あなたとの思い出は、笑っちゃう事ばかり!

あなたの思い出話をすると、思わず笑っちゃう事ばかりだよ

 

あなたは本当に暴れん坊のいたずら小僧、おてんば娘だった

 

乗り物が大好きで、バイクやトゥクトゥクに乗ると大興奮してたよね

それで勢い余って落ちちゃったりね

 

私とあなたはお互いに、たくさんお互いのことを心配したね

 

ゴキブリやネズミが出て「ぎゃー」と叫ぶと

「どうした!?」とあなたが駆けつけてくれたよね

 

もうゴキブリやネズミが出て叫んでも、あなたはいない

 

寂しいよ

 

あなたのポンポコリンのお腹

ぐちゃっと潰れたレーズンみたいな乳首

もろい爪がついている脚

 

出来るならもう一度、あなたに触りたい

 

あなたは犬のくせにベタベタされるのが嫌いで

「好きだよー」と抱きしめると

「やめろやぃ!」って逃げてしまうんだよね()

そんなの気にせず、もっともっと、抱きしめておけば良かった

 

好き嫌いが多くて、私はいつもあなたに怒っていた

あなたが行ってしまうことを解っていたら、

もっとあなたの好きなものをあげれば良かったと思うよ

 

オシッコを溜めておけない身体だったあなたは

夜中にトイレに行きたくなると必ず私を起こしに来た

夫じゃなくて、私を起こしに来るんだよね、絶対(笑)

朝も、夫じゃなくて私を起こしに来るんだよね、絶対(笑)

 

 

あなたがアンコールワットに帰ってしまった事を知ったカンボジア人のみんなが

なんて言ってるか知ってる?

 

サソリのウンチが恋しいんだって(笑)

 

私たち、あいつらの事でたくさん悩んで怒って泣いたけど

きっと、あなたはこう言っているはず

「俺があいつらにいっぱい仕返ししといてやったから(食糧強奪・ベッドにウンチなど)

許してやってよ」

あなたは、カンボジアの辛い思い出を、全部持ち去ってくれちゃったね、華麗に

あなたのおかげで、カンボジアの思い出は全てあなたに塗り替えられてしまった

 

あなたの笑った顔、怒った顔、悲しい顔、気まぐれな鳴き声、くさいウンチやオシッコ

カンボジアは、サソリの国だよ

愛しい愛しい、サソリの国だよ

 

 

今は、どんな歌を聴いてもサソリの歌に聞こえるよ

どんな歌を聴いても泣いてしまうよ

 

辛くないし、自分を責めているわけじゃないし、悲しいわけじゃない

ただただ、寂しいよ

夜、コロンと転がって眠っているあなたのお腹を

私はいつも確認していた

「今日も息をしている」って

でも、コロンと寝ているサソリがもういなくて、

大好物のフランスパンを買う必要がなくなって

めちゃくちゃ寂しいよ、サソリ

 

人は寂しい時、物事を都合よく考えてしまう

これはただの幻想で、寂しい気持ちを紛らわせるためのつじつま合わせなんだけどね

 

サソリが旅立ってしまった次の日

私と夫はインドの田舎町にいた

静かな町で、インド人の子どもたちが野原で遊んでて

そのうちの1人が、遠くにいる子犬を呼んでくれたの

 

子犬は野良犬だからちょっと汚れてて、でも真っ白で

子犬なのに、耳がピンと立ってた

その耳がサソリにそっくりでね

サソリの耳を持った白い子犬は、私たちの元に元気に走って来て

無邪気に甘えて来たよ、

それから、子ども達の遊ぶ野原でゴロンゴロンと楽しそうに転げ回っていた

 

インド料理に多く含まれるシナモンは、霊的な力を呼ぶんだって

 

サソリに会えた気がしたんだよ

 

幻想でも良い、サソリが世界の何処かにいると

これからもサソリをずっと感じながら生きていくよ

 

サソリの妹・クジラは

サソリの姿を今でもずっと探しているよ

クジラは生まれてこの方、一度も病気にかかった事もなく

大人しくて、好き嫌いもしないで、本当に良い子にしているよ

サソリがいなくて寂しくて、今でもまだ1人こっそり泣いている私と一緒に泣いてくれる

臆病で優しい、甘えん坊の女の子だよ

 

サソリ

ケンちゃんとクジラと一緒に、タイでも元気に頑張るよ

家族を、友達を、毎日毎日、大切にするよ

自分の大事なものを見失わない

太陽と共に訪れる朝を、汗ばむお昼を、降り注ぐ雨を、星の瞬く夜を

サソリがいなくて寂しい時間を

ずっとずっと大事にするよ

 

私たちのスーパースターは

サソリだったね

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