スーパースターへの道 in カンボジア

『星』に手を伸ばせ!!たとえ届かなくても in カンボジア

オカマ犬“さそり”が見つめる、スーパースターを目指すカンボジアの若者たちの青春

満月は明るい 〜さらばカンボジア〜

間もなくカンボジア生活7年目に突入。

そして、この7年目は最後のカンボジアでの一年になる。

 

最後の一年は、穏やかで幸せなエピローグを楽しみたい。

 

私の夫の趣味は「宝探し」

「カンボジアで宝を見つけたい」という夫の気持ちから始まったCSA

Cambodia Stars Academy

 

カンボジアでの宝探しは、スーパースターの卵を発掘すること

 

正直なところ、芸能界を始めとした「たくさんの人から注目を浴びる」

という事に全く興味のない私は、CSAでもほとんど居場所がなかった。

 

そんな中で私に与えられた役割は、このブログを書くことだった

 

最初は、仲間みんなで手分けして書いていたブログだったけど

いつの間にか私の担当になり

自分の担当になったことを良いことに好き勝手に書いていたら

ちょっとだけ好評になった。

でも、「たくさんの人に受け入れられるブログに」

と他人に言われるようになってからどんどんブログは辛くなり

ブログが辛くなると同時に辛いことがたくさん起こり

そして自分はこのCSAという事業から距離を置くことにもなり

ブログは止めようと決意。

 

なのに、このブログの内容を貶されたり、嘘を書いていると言われていると知って

それが悔しくてまたブログを書いてしまって

まるでこのブログが呪いのようにのしかかって来た。

 

全力でぶつかって、全力で想って、全力で真実を書いて、

それなのに、遠くにいる人から

「真実ではない」

と言われなくてはならない事が本当に辛くて悔しくて

これまでカンボジアでやって来たこと全てに目を背けたいと思っていた。

 

でも、とうとう自分たちがカンボジアでやって来た事全てを受け入れられる日が来た。

誇りに思える日がやって来た。

 

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2019年1月

 

夫は、ポラリックスたちをカンボジアの大手プロダクションへ引き渡した。

私たちのことを批判する人の中には

「ポラリックスを大手プロダクションに売った」

と誤解する人もいるかもしれないから書いておこうと思うが

夫は本当にただただ、ポラリックスを何の見返りも要求せずに

カンボジアの大手プロダクションに手渡した。

いっとき、ポラリックスたちを利用して

将来、日本人チームに金が入ってくるような仕組みを作ろうという外からの思惑が

夜の海の嵐の如く吹き荒れたことがあったが

夫はそれに打ち勝った。

(自分のことを何と言われようとどうにでも片付けられるが

夫のことを表面だけ見て誤解されるのだけは本当に許し難い)

 

夫は、CSAを立ち上げた時の目的

カンボジアのでタレントを育成し、国外で通用するレベルに引き上げる事」

を果たし

シェムリアップから出てきたノリ、リン、ロイを

若者たちから絶大な人気を誇る歌手 クミン・クマエらが所属する

カンボジア大手プロダクション「バラメイ」に手渡した。

 

実は私は、もっと前からポラリックスを手放すべきだと提案していた。

毎日、ポラリックスと過ごしている夫の話を聞いていると

ノリ以外のメンバーについては、どうしても日本人といると自立できないと感じたからだ。

 

去年まで契約していた携帯会社との契約を打ち切り、

自分たちで契約に縛られずに自力で稼ぐ道を選んだのはポラリックスたち。

しかし、自力で仕事を取っていこう!と頑張れていたのはノリだけだった。

残りのメンバーは、どうしても自分で頑張ることはできず

「ケン(夫)がなんとかしてくれるだろう、日本人なんだから」

という“甘え”があることが手に取るようにわかった。

自主練もしなくなり、自分で積極的に仕事をしなくなってしまっていた。

 

今年の元旦、私と夫は数年ぶりにお正月を日本で過ごした。

そして、1月2日

私は横浜駅の地下道で、正月だというのに必死にダンスの練習に励む

日本の若者たちを見た。

 

そして、自分の考えに確信を持った。

ポラリックスと離れるべきだ。

自分で頑張らないとダメな環境に彼らを置かないと

彼らは自立できない大人になってしまう

 

 

夫は悩んだ。

ポラリックスを大手プロダクションに手渡して良いんだろうか。

これで皆は本当に幸せになれるんだろうか。

自分はまだ彼らに対しての責任を果たしてないのではないだろうか。

夫は、みんなが自力で仕事を取れないうちは、夫自身に来た仕事の手伝いをさせて

みんなにそのお金を分けてやっていた。

 

しかし、夫は、ノリ以外のポラリックスたちから決定的な言葉を受け取った。

「なんで、前よりお給料が少ないのかわからない」

 

やはり解っていなかった

自分たちで頑張らなくてはお金は得られないこと

ただ待ってるだけでは何も得られないこと

そして

いつまでも私たち外国人からお金をもらえる訳ではないこと

 

夫は、ポラリックスとの別れを決意した。

 

夫が皆に別れを告げた日

「出会った日から今まで、ケンとレナに習ったことを、俺は絶対に忘れない。

こんなこと、今まで言ったことなんかなかったけど、俺は心から

ケンとレナのことを本当の家族みたいに想っていたんだ」

ノリはそう言って、涙してくれた。

 

 

この日から、私たちとノリは、本当の友達になった。

 

 

私はFacebookなどのSNSを、いったん全て消去し、ポラリックスたちとの繋がりを絶った。

カンボジア生活で、特にFacebookとInstagramは私を苦しめた。

二度と会いたくない元メンバーや、あることないこと吹聴された人たちの影が流れて来るからだ

それなのに、現メンバーたちの投稿内容が気になって見てしまう

悩んでないか、落ち込んでないか、心配で心配で

SNSを見てしまう

見過ぎて余計な情報まで得てしまうことに、私は心底疲れはてた。

 

私は、オーストラリアにいるミッキーと、2代目マネージャー・カンニャに本当の気持ちを話して

全てのSNSを消去した。

 

「大丈夫、ママ

俺たちは本当の友達だから、SNSは必要ないよ

そんなものがなくたって、ずっと繋がっていられるよ」

 

ミッキーのその言葉は、後に彼によって証明される。

 

こうして、私たちとポラリックスは袂を別った。

 

その後

私たちにハッピーエンドが、一つ一つ、訪れた。

 

夫は、日本人の小学生たちにバスケットボールを教え始めた。

私は、去年から始めた仕事先で、とっても素敵なママさんたちと友達になれた。

ママさんたちと、バスケットボールを習いに来る小学生

私たちは、その親子関係にまた学んだ

 

例えば、ママさんたちは

「サンタクロースの正体を、どうやって子供に伝えよう」

という事で真剣に悩む

そんな事で一生懸命に悩む姿に、なんて深い愛なんだと思った

その愛は、カンボジアでは当たり前じゃない

(今は、日本でも当たり前ではないということも知った)

もし、そんな愛を受けて育っていたら・・・

 

子どもが大きくなる道は、ご両親の愛ひとつで180度変わる

 

私と夫は、プノンペンで暮らす親子の姿に

愛おしさを感じずにはいられない日々を過ごしている

 

それから、シェムリアップ時代に仲良くなった友人たちが

次々にプノンペンに引っ越して来た!

数年前、初めて出会った頃とはお互いに環境も変わり

似たような痛みや悩みを乗り越えて、またプノンペンで会えたことが

とっても嬉しい。

 

私たちはこんな夫婦だから、たくさんの友達はできなかったけど

それでも、なんだかイカれてて、面白くて、粋でまっすぐな友達が

大事な友達がノリ以外にもいたことに、幸せを噛み締めている

 

そしてそして。。。ノリが日本へやって来た!

ノリは夫が以前に勧めた日本で開催されるGATSBYのイベントに

ダンス部門で応募した。

ノリは振り付けしたダンスをポラリックス3名で踊り、それが見事に審査に通ったのだ!

残念ながら、日本に行く権利を得たのはリーダーのノリ1人だったが

それはリンやロイも納得の結果だった。

なぜなら、全てに責任を持って頑張ったのはノリだったからだ。

 

私たちは昔、元いた子たちも含め、

ポラリックスたちを日本に連れて行きたい!と夢見ていたことがあった。

でも今は、みんなを日本に連れて行けず

ノリだけが自力で日本に行った、という結果に導いてくれた神様に

心から感謝している。

 

私たち外国人が、自分の満足のためにメンバー全員を日本に連れて行くことは

彼らにとっても、この国にとっても

ただただマイナスでしか無いことを学んだからだ。

 

 

 

ノリは、移動時間を除けるとたった1日半の日本滞在だったけれど

渋谷の中心地の素晴らしいホテルに宿泊し

夫のお父さんに浅草に連れて行ってもらい

ノリが私たちの元で働く前に勤めていた英語教室の先生たちも、

わざわざ茨城から渋谷に駆けつけてくれた。

その先生たちの笑顔が、ノリだけでなく、私の心も温かくしてくれた。

私たちは、英語教室の先生だったノリを引き抜く形になってしまったけど

先生たちはずっとずっと、私たちとノリを応援してくれた。

心から、それが有難かった。

 

ノリは、渋谷ヒカリエでカンボジア代表として踊り

GATSBY賞を受賞した!

(仮装大賞でいうところの、審査員特別賞ってとこかな?)

 

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私と夫とノリは、3人で夜の渋谷を徘徊した後、夫の実家へとお邪魔した。

ノリは東京という街に終始びっくりしていたけれど

彼が一番にビックリしたのは、夫のお父さんのお部屋だった。

夫のお父さんのお部屋は、お父さんの創作物で溢れていて

ノリは、生まれて初めてスマートフォンを見る人と同じ顔でビックリしていた。

 

「だから、ケンが生まれたんだね・・・!」

 

それはお世辞や上辺の言葉ではないことが、ノリの顔を見ればよく解った。

そして、夫のご両親がまるでノリを本当の孫のように接してくれた。

言葉の壁をあっさり越えて。

ノリは、自然と夫のご両親を

「おじいちゃん、おばあちゃん」

と呼んで、甘えん坊になっていた。

 

ノリ、日本初上陸の2週間後

今度は、なんと夫のご両親がプノンペンに来てくれた!

 

空港には、もちろんノリが一緒にお出迎えに行った。

ノリは、夫のご両親のことを博物館に連れて行ってくれたり

思う存分に甘えん坊になった(笑)

夫のご両親に見せるノリの甘える姿は、私や夫には見せたことのない姿で

なんだかとっても愛おしかった。

 

3月23日

この日、夫はプノンペンで個展を開催した。

(個展のテーマは、「ゾンビ&脳みそ」)

夫のご両親は、これを見るためにプノンペンまで来てくれたのだ。

夫は、これまでの数年間、ポラリックスたちに注いできた全ての技術を

今は自分のために使っていて

夫は、それを思う存分に個展で発揮した!

 

私は、夫のご両親と共にこの個展を覗きに行った。

 

夫の個展には、私の大事な人がたくさんいた。

向こうが私をどう思ってるかは分からないけど(笑)

私にとって、大好きな人たちがたくさんいた。

 

個展を開くきっかけをくれたギャラリーの皆さん

ポラリックスに衣装を提供してくれ、心から彼らを応援してくれた古着屋のお二人

大好きな日本人のママさんたち

 

それから・・・

トントンと肩をたたかれて、振り返ると

オーストラリアにいるはずのミッキーがいた!!

 

もう一回、トントンと肩をたたかれて、振り返ると

シェムリアップにいるはずのティーもいた!!

 

リンも、ロイも、ヤンも

2代目マネージャー・カンニャも!!(タタは、残念ながら試験で来られず!!)

 

私は、シェムリアップにいた頃のように、彼らとじゃれあった。

みんな、来てくれた

Faceboookなんかなくても、本当にこうして会えるね

 

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リンも、ロイも、そしてノリも

ポラリックスとして3人で活動を続けながら

それぞれにダンス教室などを開催して、自力で稼いで生きてます!

ティーは、シェムリアップで相変わらずジムの仕事をしています。

一緒にシェムリアップに帰った恋人のニタは、最近、太ったらしい(笑)

遠くから、皆のこと、会わなくてもずっと想っているよ

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ミッキーの奥様も、最近、幸せ太りしました(笑)

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 カンニャも幸せ太りした?らしい

 

そして、この個展の成功は、ノリなしには有り得なかった。

ノリは個展までの期間、夫を全力で手伝ってくれた。

夫はノリにお手伝いのお礼にお小遣いを渡そうとしたけど

ノリは断固としてそれを受け取らなかった。

 

そうそう、ノリはこの個展にシャイで可愛い彼女も連れて来てくれた。

彼女は普段は夜間の外出禁止!という箱入り娘なのだけど

この日は頑張って、会いに来てくれたのだ!

とっても嬉しかった!

 

私は、大好きな夫のご両親に

カンボジアで出会った、大好きな主要人物たちを殆ど全員、紹介することが出来た。

 

本当に本当に、幸せだった

あの日の幸せは、今でもずっと続いている

 

ノリとミッキーは、夫のご両親を空港まで一緒に見送りに行ってくれた

 

私はカンボジアでいろんな人に会って

それは会えて良かったと思う人ばかりじゃなかった

きっとこれからも、いろんな人に会うだろう

 

でも、きっと人を判断するのはそんなに難しくない

その人と話しているとき

夫のご両親の笑顔が思い浮かべば、それで良いんだ

 

今回の夫の個展で、大好きな人たちをご両親に紹介した時のような

あの優しい笑顔が思い浮かべば

間違うことなんか、もう無い

 

 

 

ケン、レナ

月日が経つのは早いね

初めて会ったとき、俺たちはまだ高校生だったのに

 

 

 

3月31日をもって、CSAは正式に終了!

www.facebook.com

CSAの社長は、実はサソリだったんですねー(笑)

 

私と夫は、カンボジアでの挑戦をこうして楽しく終えることが出来た。

辛かったことも、悲しかったことも、悔しかったことも山ほどある。

カンボジアに来たことを後悔したことも、山ほどある。

 

でも私は、カンボジアに来て学んだことがある。

それは

満月は明るい、ということだ。

 

私は横浜の片隅の団地で育った。

空をじっくり見上げたのは、小学校6年生のとき

オリオン座の観察の宿題が、あった寒い冬の日だけ。

夜空のことをあまりよく知らずに大人になった。

 

カンボジアに来てから、星空の美しさに心癒される日がたくさんあった。

それから、やたらと夜なのに明るくて視界が澄むことがあって

それが満月の日だということに気付いた。

満月の明るさは、力強く眩しい太陽とはまた違って

ずっとずっと見ていられる、なんだかホッとする、涙も出ちゃいそうな

そんな光の加減だ。

 

タタや、個展で夫のご両親に紹介できた大事な人たちは

カンボジアで知った、真っ暗な夜空の星。

 

そしてノリ

君は、私たちにとって満月。

 

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カンボジアに来て、CSAを始めてからというもの

私は、たくさんのアーティストのたくさんの歌に励まされてきた。

私の中で、勝手に失礼ですが

カンボジア生活締めくくりの曲は、これにしたい。

 

難しい、難しい、と思っていることも

本当はそんなに難しいことじゃないんだってことを胸に

カンボジアの最後の一年を過ごしたい

 

youtu.be

 

 

 

唄うことは、難しいことじゃない

 

北風が

腕組みするビルの影に吹くけれど

 

本当のことは、歌のなかにある

 

いつもなら照れくさくて言えないことも

 

ぼくらを乗せて メロディは続く...

 

 

 

 

〜お・わ・り〜